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魔王(日本版) 9話 [魔王(日本版)]

原作18話終わりで友人の不倫が発覚する所まで。原作の残り時間は2話約130分、日本版もあと2話で90分ほどでラストとなります。
しかし、これは事件の局面がそうだというだけで、原作ではラストに向かうために各登場人物が複雑に絡み合い、想いが錯綜しまくってる状態ですが、日本版の方はコレから過去に遡ったりしないとならない状態なので、やっぱりあと2話も駆け足で頑張らなければなりません。

愚痴の前にあらすじを↓
芹沢は成瀬の正体が死んだはずの真中友雄で、彼こそが真犯人"雨野真実"だと遂に突き止める。
その頃、直人の友人・宗田は、大隈に拉致され、暴行を受けていた。葛西の姿を見つけ、助けを求める宗田。葛西は「最後は自分でケリをつけます」と大隈と部下達を帰らせ、宗田と2人きりになる。葛西は典良からの命令だと告げ、一発だけ宗田を殴りつけ「お前は今、死んだんだ。二度と俺達の前に現れるな」と見逃したのだった。そこに現れたのは、典良。宗田にタバコを差し出す。タバコには青酸カリを仕込んであった。葛西の万年筆を現場に落とす典良。

その頃、芹沢の携帯電話が鳴る。着信は、宗田の携帯。殺害現場で宗田の携帯を使い、直人に電話をする成瀬。携帯電話の電波で発信エリアを調べ、現場へと急ぐ。宗田の亡骸にすがりつき泣き叫ぶ直人。
芹沢は成瀬を呼び出し、「あんたの正体は死んだ英雄の兄、真中友雄だ」と殴り飛ばす。しかし「真犯人だという証拠を持ってきてください。早く私を捕まえてください。」と冷静に言い放つ成瀬。

宗田の死因が薬物による中毒死と判明。また、現場で発見された万年筆は葛西のものだったことが分かる。「俺じゃない!」と必死で犯行を否定する葛西。葛西を取り調べる芹沢の元に、成瀬が弁護人だとあらわれた。成瀬は「目的は葛西さんの無実を証明することです」という。葛西は麻里との関係を隠すために、アリバイを証言できない。そんな葛西に「真実を語ることだ」と助言する成瀬。
警察の交通監視システムに犯行時刻あたりに、葛西の車が現場近くを通行したことが分かった。家宅捜索により、葛西の机から青酸カリが・・・。被疑者として送検されることになった葛西。「諦めるんですか?このままでは無実の友人を殺人犯にしてしまいますよ」と大胆不敵に言う成瀬に、「お願いします!悪いのは俺です」と領に土下座する芹沢。「人は大切な誰かを庇うとき、真実を隠すものです」とヒントを残し、領は去っていく。

事務所に戻った成瀬を、しおりが待っていた。「早く気づけなくて、ごめんなさい。もうやめてください。あなたは、本当は優しい人です」と犯行をやめるよう説得するが、「もう止められないんだ」としおりの前から姿を消してしまう。しおりは芹沢の元を訪れ、捜査を手伝いたいと言う。宗田に届いたタロットカードをサイコメトリーすると、葛西と麻里が不倫していたのではという疑念が湧き起こる。

芹沢は留置所の葛西に「嘘だと言ってくれ!」詰め寄った。目をそらす葛西の態度で、葛西が麻里を庇うために嘘をついているだけで宗田を殺していないと確信。葛西は「俺が宗田を殺したんだ!あの人を巻き込まないでくれ!!」とすがりつく。成瀬の「楽しみですね。あなたが真実を知ったとき、どんな選択をするのか」という言葉を思い返す芹沢。

その頃、成瀬は英雄と母の写真に向かって呟いていた。「もうすぐ、全て終わるよ」

で、ココからは韓国版ファンの愚痴混じりの感想↓凄く気になることが・・・。プロデューサーの言葉「僕が韓国版の「魔王」を観た時、明確には描かれていないがきっとこうに違いない!と感じた“領の真の狙い”を、しっかり描き出します。彼がほんとうは優しい人間であるがゆえの真実。それこそが今回、この作品をドラマ化しようと思ったきっかけだったんです。 」
韓国版を見ていれば、弁護士の計画には「どうして、この世は不平等なのか?なぜ人は死ぬのか?なぜ人は悪意を持つのか?なぜ、エデンの園を追われたのか?」という、世の仕組み(神の意志)への本質的な疑問がベースになっていることが読み取れます。それは、引用された文献、偶然の取り込みなどを見れば明白です。「弁護士の真の狙い」には、「真理の探究」という問題が絡んでいます。
日本版公式ページでも「加害者となる弱者たちを、弁護士は同志と思っていた」という説明がなされています。日本版ではドラマだけからコレを感じ取るのは無理な作りでしたが、韓国版はちゃんと感じ取れて、私もそういうメモを残してます。”同志”という感覚があることを考えると、「自分の考え方は他人と共有できる、普遍的な真理である」と弁護士が思っていて、ある種の宗教と考えているということだと思います。この信念を形成する際に、「刑事・及び過去の事件にまつわる深い恨み」が大きな原動力となっているのは確かですが、母・なり変った友人などの不幸を見て、社会に絶望したことが、彼の行動の元になっています。
しかしながら、日本版は「社会の悪」はあまり書いていませんし、宗教的な”原罪とは””神の愛とは”といった部分は極力排除して描いています。だから、プロデューサーは”真の狙い”として「人間の本質を問う」ということを考えていないのだと思います。どうやら、弁護士を「優しい人間」と書き、「弱者の悲しみ」を書こうとしている気がします。その結果、彼の狂信性や弱さ汚さに対して、冷静な目が向けられてないように感じますね。韓国版では、彼の悲しさを強調しつつも、彼がいかに子供っぽく愚かであるか?ということをしっかり書いた上で、「醜さの中にある美しさ」を描こうとしていて、その辺は違った表現になっています。
以上を踏まえると、「真実をあきらかにすることが目的」ということを日本版のプロデューサーは意図しているのではないか?と思います。しかし、「真実は一つではない」「真実には証拠がない」という問題が立ちはだかる・・・。この「真実は一つではない。それぞれの心に違った真実がある」ということについても、原作ほど突っ込めてないですよね。だから、ちょっと不安です。人によって見ているものが違うということを、捜査に絡めて見せていくってことをしてないので・・・。捜査シーンに時間をかけられないので、仕方ないのかな~。

ラストは、ソラちゃん再登場の噂もあり、「子供の無垢さ」が世を救うという結論に至るのではないか?と予測しています。そして、ソレだったらガッカリだな~と思っています。私は「子供は純真だが、一方で非常に残酷だし、嘘もつく。そして愚かである」ということを踏まえ、「彼らを支えてやれなかった。何か出来た筈だ」と考える大人たちがいる韓国版が好きです。子どもの無垢さに頼るのではなく、「どんなに無力でも、できることをしよう」とする大人たちのいる世界。

では、今回の気になった問題点
・やっぱり「ひとり」には本物の役者には勝てないっすね。あれは韓国版の役者さんが上手すぎ。
・「あの家に押しつぶされそうだった・・・」こんなことを言葉にしないとならない時間のなさが惜しい。
・刑事が単独行動多過ぎ。原作では、停職処分中だったりして、単独行動なんだけどね・・・。
・無理やりにでも、芹沢と宗田の友人関係を入れて欲しかったかな~。宗田を救おうと動くシーンが少ないので、イマイチ悲しみが盛り上がらない。
・葛西と刑事の関係も、もうちょっと欲しかったかな~。原作の葛西=ソクジンには、オス=刑事を救おうと、「逃げろ」と逃がしちゃった過去もあったりして、色々と複雑な関係があるんですが・・・。
・一応トンネルで対峙したけど、トンネルの話もあれ以来サッパリ使ってないので、効果が薄い。そしてトンネルが妙に明るい!
・しおりちゃんは、成瀬とは割と絡んでて、関係性は作れてる。しかし、キャラクタ的に「救いたい」というのが似合わない。無邪気で純真でというキャラクタにするのは、それなりに意味があると思うのですが、部分的に原作そのままの「母性的」シーンを使っているので、キャラクタがチグハグしている。しおりちゃんに関しては、変えるのならもっと大胆に変えた方が良かった。
・山野はどうしてるんだ?この段階で、芹沢は山野の存在をすっかり忘れてしまっているようなんですが・・・。

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